下着屋Cloveの代表ボーマンです。私は2013年、31歳 結婚3カ月で乳がんが見つかりました。

その日から乳がんサバイバーとして生きています。

告知からもうすぐ5年ですが、5年前より今の自分が一番好きで毎日がとても楽しい。

乳がんにならなかったら、いったい今何をしているんだろうと思ってしまいます。

 

私と乳がん

 

私は1981年7月生まれ。20代は朝も夜も平日も祝日も働きまくる日々でした。そんな時(29歳か30歳頃)に右胸のシコリに気が付きました。まさか、と思いつつも念のために検査を受けてみても「経過観察」。半年後にもう一度検査をしましょうと言われておしまい。ほら、やっぱりなんでもない!こんな感じでしばらく検査を繰り返していました。しかしながら、31歳で結婚し、県外に転居して検査を受けたら乳がん見つかったのです。

「あ~やっぱり乳がんだね」

幸せの絶頂からどん底に落っこちるって言葉がまさにぴったり。いつか子供を産んで母親になりたいと思っていたので、今後の妊娠出産についても聞いてみたら…。

「ダメダメ!絶対ダメ!」

またその理由が。

「奇形児ができる」って。

この時、医師は手術の後のホルモン療法を考えていて「ホルモン療法の期間中は妊娠は絶対ダメ!」と言う意味だったと今ならば理解できますが、頭ごなしな言い方に、ある意味乳がん告知よりもショックを受けました。

ともかく、がんの告知を受け、乳がんサバイバーとしての人生が始まりました。幸い「早期発見の可能性が高い」と言われ、ドラマチックな死をすぐに迎える事はなく、手術をすれば生きていけそうだと感じてきました。それならば、これから手にするつもりだったキラキラした未来を離したくない。結婚3カ月の夫を残して、母親より先に旅立つわけにはいかない。

乳がんの告知を受けてからは、選択の連続でした。どこの病院で手術を受けるのか?全摘か温存か?同時再建するかしないか?妊孕性(にんようせい)の温存をするかしないか?手術後の治療をどうするか?

分からない事は主治医に聞き、夫とも何度もよく相談して選択していきました。

私が手術を受けた頃は、若年性乳がんについての情報があまりありませんでした。仲間もいませんでした。自分に合う下着も見つかりませんでした。

そこで下着屋Cloveを立ち上げ、自分の経験をBLOG「31歳 結婚3カ月で乳がんの私がマミーと呼ばれる日」に公表する事にしました。乳がん経験者が気軽にお話ができる「乳がん経験者オンリーのおしゃべり会」を企画しました。治療中も気持ちよく身に着けられる下着を開発しました。
治療中も気持ち良く身に着けられる「Kimihug」詳細はこちら

治療はひとそれぞれなので、「こんな人もいるんだ~」くらいに読んでいただければ幸いです。
(詳しくは上記のリンクより見て下さいね)

病気はツライ事が多いですが、乳がんになったからこそ出会えた人や感動がありました。がんって病気と向き合っている、それだけですごい事だと思います。

Blog『31歳結婚3カ月で乳がんの私たがマミーと呼ばれる日』
告知を受けた時から母親になるまでの気持ちを素直に全力で文章にしています。
他にも、2018年6月からスタートした乳房再建について、海外で見るがんとの向き合い方等々について、日々思う事を綴っております。